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捏造小話
狼、と呼ばれる前、少年には名前がなかった。
名前が無いが義父(ちち)と呼べる男と、義兄(あに)と呼べる青年が身近にいた。
義父には戦場で拾われた。
行くあてもなく、帰る家も持たなかった少年は死体で刀を漁る日々を過ごしていた。刀を拾い、供養衆のところにもっていく、そうすれば少しの銭と少しの食べ物をお駄賃としてもらえた。それは刀の価値には見合わない安価ではあったが、少年にとってはそれでもらえる銭だけが生きる術だった。生きている意味はわからない、ただ空腹だけは感じるので刀を拾う。
その戦場でも刀を手にした、ところ「野良犬よ」と頭上より声をかけられる。
転機だった。
太く低い声色は少年の耳に強く響いた。声は熱を持っていた。見上げた時見つめた目の奥も、何かに濡れている気がした。いままで死人ばかりを見、供養衆の乾いた声ばかりを聞いていた少年にその声の主は生の刺激をくれた。
「儂とともに来るか」
声は、問いていたが、一緒に来い、と言っているように聞こえた。
少年は、心を無くしてはいない。無くしてはいないどころか、元より人の情にあまりにも敏感すぎるところがあった。だから、多くを語られないでも相手の思惑を理解してしまう。
義父との出会いもまさにそれだった。
男についていき、屋根のある寝座に通されると、そこには少年よりいくらか年上の青年がいた。「義父上、そいつは?」
きつい目は少年を訝しげに、またどこか嫉妬を感じるような目で射抜いてきていた。
「戦場で拾った。行くあてもないようなのでな、しばらく囲ってやろうと思っている」
「義父上、信用できるものなのですか?!」
「信用もなにも、まだ小童よ」
くいついてくる青年を軽くいなし、男は藁の上に座る。
4畳半ほどの小さな家には囲炉裏、があるくらいだった。図体の大きい男がいるとそれだけでいっぱいになり狭く感じる。
「おい、おまえ」
少年が家に入ったところで立ったままでいると青年はずずいと少年の方に向かってきた。
青年は目細く釣り上がった細面の顔つきをしていた。
「どうやって義父上にとりいった?!」
「・・・・」
「おまえ、話せないのか?」
なにも言わずにいると、青年は鼻で笑い、ふん!と鼻息を吹きかける。
そのあとも、少年が聞いたこともないような罵詈雑言を聞かせてきた。しばらくしていると、「やめい」と男が座ったままでいう。
「それより飯だ」
男がそういうと、青年はちっと舌打ちをし、家の端にある竈に向かっていく。男はまだ立ったままの少年の方に背を向けたまま声をかける。
「あいつは口が達者だ、だがお前はあいつを真似なくていい。儂はお前のその無口なところを見込んで拾ったのだからな」
少年はなにを言われたのかこのときは理解していなかった。しかし男はすべてを見通していたのだろう。
その日より少年はこの家の養子となった。
義父上と呼べ。俺のことは義兄上と呼べ。というのは青年の言いつけだった。少年は青年の言うけ通り、男を「義父上」と青年を「義兄上」と呼ぶことにした。
義父は刀を振るうが、ほかにも手裏剣と呼ばれる小細工をよく投げていた。しかし少年が家に厄介になったころはあまり金も手持ちもなく、煙幕などの高級品は手にできていなかったようだった。
お蝶と呼ばれる女性が男の家を訪ねてくることが度々あった。お蝶はクナイ使いがうまく、それを振るう姿は舞のようにも見えた。少年とお蝶との初めての顔見せ時、少年がやっと口を開くようになったころ。義父は「意外にも良い声をしている」と褒め、酒を飲んで、お蝶を呼んだ。少し上機嫌になっていた。
「なんだい、このこ汚い小僧は」
少年を見て、お蝶は目を丸くする。
「拾ったのよ」
「またかい」
義父の言葉に呆れたような声。
「使い物になるのかい?」
「いまはまだ野良犬じゃ、しかし刃を恐れない、それに無口だからな」
「へえ」
少年を前に酒を飲み合い、ふたりの大人の会話は続く。
「子猫とは相性は悪いんじゃないかい?」
「ふ~む、しかしなかなかどうしてあやつはこいつをよくしつけてくれてる」
「それは、あんたに嫌われたくないからだろう」
お蝶は苦笑した。
「しかし、まあ・・あんたも見目のいい少年を拾ってばかり、そのうち仲間内でもそっちのほうで噂になるぞ?」
「くくくっ」
そこまでいって、お蝶は、さて、といって、杯を置き、少年を見た。
「さて、梟の倅どの。外で手合わせといこうじゃないか」
酔っていても、お蝶は強かった。少年は数秒で伸されてしまった。
お蝶は、そののちも、ひょいと気まぐれに顔を見せに来た。青年と少年をともに外に連れ出しては、木登りだの剣の弾きなどをさせた。会話などなく、いきなり斬りかかってこられることもあり、ふたりはいささか驚いたが、少年の飲み込みは早かった。
「ほう、やるじゃないか」
お蝶に斬りつければ、怒られはせず、おもしろい、といったふうにされた。
数ヶ月がたった。
少年はいつの間にか、青年の背丈と並んだ。
剣の腕は青年を越すようになった。
それに焦りを見せたのが青年だった。
「義父上、私に名前をください」
ある日、青年はそういって義父に食ってかかったのだ。
「ほう」
その必死な顔を、義父は見つめる。感情を感じさせない目にみえたが、少年は遠目でも気づいた。義父は呆れている、と。
少年が青年の力を上回り、技を身につけていく日々をお蝶にも聞いていたのだろう。義父も最近では青年にぞんざいな態度で接するようになっていた。そばで過ごし、少年はそれを辛く感じていた。兄を上回るのはどこか心苦しい。
「名をもらえれば、忍びとして認めてくださるということ」
「して」
「私だけが、義父上の倅として認めてもらえるということ」
「お前は、認められるほどと思っておるのか?」
「認めて欲しく、思います」
美しい頬には赤みが差していた。だが、着物で隠された体には今日の稽古で少年に付けられた刀傷がある。
「野良犬よ、お前はどう思う」
義父の声が少年のほうに飛んでくる。少年はそこで刀を磨いていた。手を止める。
「どう、・・とは」
「この野良猫のいうことについてよ。お前の義兄は、忍びと呼ぶにふさわしいか?」
「・・・義兄上は、」
少年のほうに、鋭い視線が刺さる。義兄が睨んでいた。
「・・ふさわしい、とおもわれます」
「ふん」
義父は、つまらぬ、という顔をしている。
「では、野良猫よ、野良犬と戦い、勝ってみせよ」
義父は呆れ、義兄にそういった。
「わかりました!」
青年は勇んで立ち上がり、剣を手にする。そして少年の方を振り返った。
「外にでろ」
「・・・」
少年はそれに従おうと、立ち上がりかけ、のところ、義父に耳打ちされる。
「殺せ」
少年は耳を疑った、しかし義父の目は、本気だった。
少年と青年は戦った。青年の刀はなんどもはじかれた、なんどもなんども。少年の剣には隙がなかった。
青年は強かった、しかし少年はそれ以上に強くなっていた。
お蝶にも言われた。
「そなたの義父は、意外によい拾い物だったかもしれぬな。そなたは猫をいつか殺せるかもしれぬ」
これは初めから仕組まれたことだったのか。少年は疑いを持ち始める。
青年を殺す、ことはできそうだった。しかし少年はためらっていた。兄と呼んだものを切るのに抵抗が有る。そして人を殺めることは少年はまだしたことがなかった。
「どうした!!」
緩んだ剣戟に青年が息を荒く、声をあげる。
「殺してやる!殺してやる!!」
青年は泣いていた。
少年は義兄と刃を交え、気づいた。自分より後に来たものに先を越される悔しさ。自分で独り占めしていた義父に違う矛先ができた辛さ、自分のが年嵩なのに力が及ばない劣情。
まぜこぜの感情を痛く感じる。
殺されてもいいのでは、という思いがよぎる。それが少しでもこの青年を救うなら。
しかし、義父はそれを許すだろうか?
ふたりの死合を遠くで見つめる目。時刻はすでに夜半過ぎであったが、その目は黄色く光って見えた。あれは夜目。梟が持つ目だ。
自分がもし手を抜いて殺されたのならば、あの目は、兄を殺すと思えた。想像じゃなく、確信だった。
兄が、殺されるのなら、義弟か、それとも義父か、どちらが幸せだろう。
そこに、
「死ね!!!」
剣が、喉元に来るのに気づいた、少年はとっさにその剣の柄を掴み、そして相手を押さえ込んで、そして切った。
「・・・・っ・・!」
目の前の、義兄の喉より血が迸る。
「・・・・」
息をするように切っていた。
それは本能だろうか。命の危険を感じ、相手を切る。
「勝負は、ついたな」
亡骸になった義兄のそばで佇んでいる少年のところに義父が歩いてくる。
「まったく・・惜しいものを亡くした・・、弔ってやらねば・・」
義父はそういい、その場に泣き崩れてみせた。
「殺せと・・」
「・・・なに?」
「私に殺せ、と言ったのは義父上では・・?」
「空耳だろう」
「私は、たしかに聞きました」
「空耳じゃ」
「義父上・・?」
「ひとぉつ!」
大声を出され、少年は肩が竦む。その反動でぎりぎりの精神で手にできていた刀を落としてしまう。
「親の言うことは絶対」
「な、んですか・・?」
いきなりのことに、少年は義父を恐る恐る見上げる。
「忍びの掟よ、親の言うことは絶対だ、わかったな」
「・・・・」
それは逆らうな、ということだろうか、そして親の言葉には全部従えということか。兄の死も謀れということか?
「兄をも熨した、お前の秘めてる力はわしの見込んだ以上かも知れぬ。よかろう、今日からお前は忍びだ」
「・・は・・?」
「お前に名前をやろう」
「・・・義父上」
見つめ上げると、その目の奥に、あのときのような濡れたものが在するのを感じた。それはずっと少年が欲しかったものだった。
でも、いま、この場面では欲しくない。
「お前を抱いてやろう」
「・・・」
「お前の兄もわしは抱いたことはなかった。野良を抱けば、無駄に情がうつる。そういってな。
あいつはずっとそうして欲しかったようだ。しかたがなく、忍になったら、と前々からいっていった・・だが、かなわなかったな・・」
「・・・」
「お前も、ずっと、そうして欲しかったんだろう?」
頷くとも首を振るとも、叶わず、頭を強くわしづかみにされ、そして広い胸に抱き寄せられる。それは熱く、脈を打っており、初めて感じた人の体温もであった。
抵抗をしない少年は、大きな手で、優しく頭をなで上げられた。
「いい子じゃ」
「・・・」
「狼」
自然と涙が溢れた。
気持ちが良かったのだ。
兄の死骸の前で、なんとも浅ましいことだと自分を戒めるが、内々より迸るものは止められなかった。
少年は知る。
あの濡れたものはこれだったのだ、と。
人の情―
見せかけだとしても、義父は少年にそれを与えてくれた。
「ちちうえ」などと呼ばせ、愛情を相手から先に芽生えさせ、自分はそれを欲しいなら、と目の前でちらつかせ、そして争わせ、そして勝ったものに望んだ以上のものを与える。
それは、離れがたい首枷となる。
狼と名付けられた少年はその後も、幾人かの義兄弟と争うことになった。仕組まれていたようにも思う。しかし狼は強く、負けることがなかった。そして義父の信頼を絶対のものとしていった。
義父に抱き寄せられたのは名付けられたあの日だけだった。
暖かい父の腕の中は、仄かな香りがした。
とてもいい、心休まる香りであった。
それの一瞬のことを、狼は、ずっとずっと、忘れることはなかった。
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