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その時好きなものや思ったことなどをゆるく語ってます(ゲームとアニメ、ドラマ、他) ※はじめに、をご一読ください

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自分の人生を壊されたと思うものがいまだに許せない 
自分はものすごく執念深い質だと思っている。
久しぶりに昔のことを思い出したのでちょっと自分の気持ちの整理のためにもここに書いておこうと思う。

私はもともと虚弱体質で小学生のころは華奢というよりガリに近く常に青白い顔をしており、ふっくらとしたかわいい子というのではなかった。性格も人懐っこい感じではなく、神経質で笑うことも少なくすごく扱いにくいネクラな人間だった。これはずっとそうだった。今もそうだと思うのだが、これに心配したのが親だ。
なんとかあの子を太らせないか、と思ったのだろう、私は「元気が出る薬」というのを飲まされるようになった。今思えばあれはステロイドのようなものだったのだろう。飲むうちに特に食欲が増進したわけでもないのだがぶくぶくと体幹が太り(手足は細いまま)顔がむくみ丸くなった。
青白さもとれ、頬に赤みが出た、それを親は「元気が出た」と思い喜んでいた。
しかし私は、その時すごく精神が不安定になっていた。
イライラするし、便秘にはなるし、なにより月経が異常になったりしていた。これは今思えばステロイドの副作用として当てはまる。またその時期は小学高学年~中学(3年間)~高校(一年)に当たるのだが、この自分の意図して増やしたわけでもない体重に劣等感しか感じなかった。外見が気になる年頃にひどい仕打ちだった。
もともと自分は痩せていたはずなのになんでこんなに太ったのだろうと思った。
ステロイドはやめたいといってやめさせてもらった。
しかし完全に体質が変わってしまったのか、何をしても痩せることはなかった。また中学にはいり昼食の時間が小学のころの30分から5分に極端に短くなった。中学の給食では1000カロリーもの高カロリー食が出されており、それを5分の間に詰め込むというのは余りにも無謀な話だった、中学一年の頃は「昼食が食べられない」とかなり苦痛に覚えていた。親や教師に訴えたが、「規則は守れ」と言われ(そもそも私の訴えなど教師も親も問題として捉えてなかったのだろう)、私はその膨大なカロリー食ともともと弱い胃に詰め込むという苦行をさせられた。3年間ずっと、毎日。
苦痛だったが、苦痛は3年かければ感じなくなった。
また食生活はかなり乱れていた。自分でもここの経緯はわからないのだが、朝を食べなくなり、昼に膨大な量を一気に詰め込み、家に帰れば間食、そして夕食。
そして飲み続けるステロイド。
体重は増えるが、それは不健康な増え方だ。

このような生活の歪みは高校に入りヒビが入った。
私はこの頃既に、自分の自分でコントロールされない体重(そもそもこんなに太りたくて太ったわけじゃない)、精神不安定と(これにはいろんな要素がある、中学での転校や、中学での人間関係や受験などいろいろだ)、が重なっていった。
高校では友人はできなかった。私は将来の就きたい職業というものがあり、それには相当な努力が必要であるのを知り、勉強だけをしていた。本当に勉強しかしていなかったきがする。
楽しくはなかったが、やりがいは感じていた。もともと、黙々と目標に向かって突き進むのが好きな性格だった。
クラスメイトは普通に恋愛をしたり、遊んだりを謳歌してる人もいた。
その人たちの話題を耳にすることがあったが、あるとき
「~ちゃん、痩せたね~」という話題で花が咲いているのを見た。
その子は私にしてみれば十分痩せている子だったが、少しダイエットをしたみたいで、それの話だったのだろう。
私は、ああいう会話をしてみたい、と思った。
自分も今の太った体を細くすれば「痩せたね」と和気藹々としてフレンドリーに話しかけてもらえるのだろうか、と期待した。
そして私は、痩せるということを勉強の他に目標だてて行うことにした。
自分の場合は、徹底する性格ゆえ、痩せるというのは完全に減量というモノに近く、それはかなり過酷なものであったが、これをしなくてはいけない、という強迫観念にとらわれていた。
私は痩せた。体重は35キロになった。10キロほどのダイエットを一ヶ月でやりきった。
満足感でいっぱいだった。
いままでイヤでイヤで仕方が無かった、肉の塊をはぎ取れたのだ。
これが本来の自分だと思えた。
だが、周囲はそうではなかった。
学校に行けば、「痩せたね」とフレンドリーに言われることなどなく、皆私を恐ろしいものを見るような目で見てきた。私はますますクラスで浮き、そして教師に「何があったのか」とさんざん聞かれた。
私はこの教師は何を見当違いのことをいっているのだろうと感じた。
何かがあったのは今までであり、今はもう苦しみなど何もない。
親にも言われた。
何があった、なんでそうする。と言われた。
そして私はこの親も何を見当違いのことを・・と思った。
私に問題があったのは、今までであり、今はもう悩みはない。

これは摂食障害の一例でしかないが、私はまさにそうだったと思う。
摂食障害は、問題を放置したままの結果生み出される、精神障害のほとんどがそうであるように、これは問題の生じていた結果だ。
しかし周囲は、その段階では気づかない、病的なまでに痩せて初めてその子を心配し出す。

私は一度も痩せた時に言われたことがないのだが「頑張ったね」と言われたかった。
10キロも落とすことはかなり苦痛なのだ、よほどの精神力がないとこれはできないことだと思う。
だが、それを皆評価しないで批判する。
頑張った、その結果もでている、なのに批判するというのは本人にとって解せないことだ。
私は周囲が評価するまで痩せ続けるつもりだった。ここでやけになっていた。
しかしその策略は医師によりストップさせられた。私は今もその時の医師を憎んでいる。

摂食障害の本をいくつも読むが、そこにもその子を評価するという項目はない。
だが、私は自分の経験を活かすと「評価する」のは重要に思う。

私は人生が壊されたのは、初期の自分の体質を見抜いてくれなかった周囲だと思っている。
私は虚弱でネクラで青白い顔をした子なのだ。
これは変えられない。
生まれ持った性格、体質は変えるべきではない。
これが書きたかったこと。

それを「元気のある子にしよう」という考えは間違いだ。
私はここで人生を歪まされた。

今は本当に制限された人間関係しか持たないし、虚弱上等と思い常に厚着で過ごしている。
精神はほぼ安定していると感じているが、このように昔のことを思い出すと泣けてくる。

今の体重は37キロ前後だが、これ以上太ると体調が悪くなるのでこのくらいがベストなんだろうと思っている。
周囲に「ちょっとまた痩せたね」と言われるようになった。
でもそこには笑顔があり、フレンドリーさもある。

子供の性質を見抜くことは非常に大事だとおもう。
その子の人生を狂わせないためにも。
元気な子?→虚弱じゃない
おとなしい子?→虚弱
ぐらいは区別するべし。そして虚弱の子を無理に太らせたりしないこと。
そして、落ち着きがない、集団行動がうまくとれない、問題ばかり起こす、子は発達障害の可能性があるので早めに児童精神科などを受診すること。

これは小学生あたりまでで行えるのがいいだろう。
私はこれを全親に言いたい。
そしてこれができない親は失格だといいたい。

でもできてる親など少ない。
これが悲しいが、現実である。



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